今日の練習。

まずは先週、大先生からもらったペンタグラムの1番をば。
ハーモニー・ディレクターがあればいいんだけど、無いので管楽器でCとG、5度を鳴らしておいてその中に音階をはめ込んで行く練習をしました。

ホントは1人ずつやるのがいいんですけどね。
吹奏楽の旅で、市立柏高校がやっていたみたく個人個人がやっておくのがベストです。

ただ
あれを合奏でみんなでやっても効果があるのかなぁ・・・と言う疑問もあります。
考えなきゃ。


さて・・・・音楽祭まで日にちがありません。

例によってバッハの「目覚めよ〜」から
今までメトロノーム=66くらいのテンポでやっていましたが、ちょっとテンポアップ。92くらいまで上げてみました。
「またーり」感が、ちょっとスッキリ。ちな♪

今までゆっくりしたテンポ、しかも縦ノリでやっていました。
この早目のテンポに慣れて行く必要がありそうですね。
メトロノームとお友達ちな♪しましょう。


「オペラ座〜」はある意味、リベンジかも。
でも、曲の出だしがテンポ的にすごく不安定。
16分音符、1つずつずれて掛け合い?みたいなアレンジになってるこの部分。
こういうところのリズムがきちんとかみ合うと、とても素晴らしいんですが・・・なかなか上手くいきません。

小節の1・3拍目で入ってくるパート、16分ひとつずれて入ってくるパート、さらに16分ひとつずれて入ってくるパート(つまり8分ひとつ休み)。
これらが三位一体となって、ひとつの動きに聞こえなければなりません。

これ
メンバー全員が同じテンポの16分を共有しないと、できませんよね。
今日は散々な結果でしたけど、これからメトロノームを使ってさらっていけば、きっと上手く行きます。
(ごめんなさいね・・・私、ここのとこお休みです)


大先生、よく「音の作用、反作用」と言うことを言われます。
今日、なぜここの部分が上手く行かなかったのか、ちょっと考えてみました。

拍の頭がしっかり入らないと、裏の拍で入ってくる人は入れません。
でも
頭がジャスト、正確に入ったとしても・・・裏拍がずれれば、次の拍の頭がずれます。
結果、ずれたまま曲は進んでいくわけです。

拍の頭は裏に作用し、裏は頭に作用するわけで。
どっちがずれてもダメ。

自分自身の中できちんと16分でビートを刻んでいないと、正確なリズムは作れないし、掛け合いも成立しません。
どんなことでもそうですが、私たちは自分のなかにしっかりしたものがないと、ついつい他人に頼ってしまいがちです。

来週からと言わず、明日からでも家でメトロノームとお友達になりましょう。
まずはリズムを刻むことになれることから始めることですよね。



あの淀川工業の丸谷先生はこうおっしゃってました。
「よっかかりあうなら、お互い強いほうがエエやろ」
名言です。アップロードファイル






さて・・・
偉そうなことを言ったこの私。


さらわなきゃ・・・マジですか


いまだに、大先生からもらったスケールの楽譜と格闘している管理人です。

ペンタグラムと言うのはペンタトニック・スケールと関わってくるのかなぁ・・・と考えてもみたんだけど、やっぱりわからん


ただ、このペンタグラムと言うのは「美しい響き」とか「調性感」「音色」を作るための練習方法、いわば道具の一つなんじゃないのかなぁ・・・なんて思ったりします。

大先生が言っていたことを私なりにまとめてみます。

C−durならC−durが持つ、響きとか調性感がある

その響きから逸脱した音は、いくらチューナー上で合わせた音でも調和の取れた音にはならない
(スケールの音列の響きが揃えば、その調の響きから逸脱することはない)

その響きの中にはまるような、収まるような音を出すようにしなさい

だから、スケールの練習では「隣同士の音列の響きを変えない」と言うのが大事

ピアノか何かで和音を鳴らして、その響きの中でスケールを吹く練習をする

音のギアを入れかえる→固定ド=楽器のドレミファ〜ではなく、移動ド
=その調のドレミファ〜で楽譜を読む

音が上ずると響かない、下から響かせるようにすること

そのスケールを自分の体の中に持つ、そしてそれをメンバー全員で共有する。それができれば、調性のある西洋音楽が楽しくなる。

・・・てことだと、私は解釈してます。


でも
実際、CとGを鳴らしてC→D→E→F→G〜とやってみましたが、なかなかむずかしいものでしたね。
金管系は上昇音形の音程(間隔)がだいたい広すぎて、下降が逆に狭いのかな?
私なんかは、最初のCからしてまるっきり外れてました。

最初から音をきちんとイメージして音を出さなければならないのですが、そのイメージが外れていたり、イメージがきちんとされていなかったりします。

まずは、頭の中できちんと音を鳴らことがスタートでしょうか

スケールとロングトーンをきっちりやることから始めなイカンです。



先日の練習はペンタグラムに時間を割いたので、曲はバッハの第7曲コラールをちょっとだけでした。

・・・が、いつもよりすごくサウンドが豊かに感じたのは私だけでしょうか。
(ただ、鳴りがいいだけにそれにつられて吹きすぎの感がある人がいたのも事実。いい意味で冷静に吹けるようになりたいですね)






昨日は大先生に来ていただいてのレッスン。

スケールで「ペンタグラム」と言うのをやりました。
大先生の話を聞いて、なんとなく「こんなものなのかなぁ」と漠然と思っていたのですが・・・

家に帰って、カミさんに説明しようと思っても全く説明できませんでした

それどころか余計わからなくなってしまった、情けない管理人でございます。



もうちょっと(かなり?)楽譜を読み込んで考えて見ます。
大先生がやりなさい、と言ったからやるだけでは何の意味もないですよね。
やるんだったら、できるだけ理解した上で取組みたいものです。







明日は大先生が来団しての練習。

何となく曲も見えてきたところで
「ここの部分は、こんな色のイメージだなぁ」
とか
「ここのフレーズ、スタートはここでゴールはあそこかな?」
みたいなものを持つと1歩前進できると思いませんか?

「金送れ、頼む」
か・・・
「金をくれた。飲む。」
か・・・
ある本に書いていたことなんですけどね。
文章で 、や。を間違って使うと、意味が全然ちがったり、ヘタすると
全く通じない文章になりますね。

音楽も同じことが言えるわけです。
いろんなケースがあるのでいちがいには言えないんだろうけど、まずはスタートとゴール、始まりと終りを決めることから始めましょうか。
それだけでも、曲が整理できてくると思います。


音の方角もそう。
大先生は「4拍目→1拍目のつながり、関連を意識しなさい」といつも言われます。
次はちょっと意識をもってつなげてみましょう。
そうすると、曲に前進するエネルギーが出てくるはずです。


1つ1つの音符を足して長いフレーズができているんじゃなくて
フレーズの中に1つ1つの音が割り振られている
・・・そう考えるのもいいかも。


コラール・・・普段、何気なく使っている言葉です。
実は私、イマイチよくわかっていませんでした。

バッハとコラールと言うのは、切っても切れない密接な関係があります。
なので調べてみました(引用→『ウィキペディア(Wikipedia)』)

>コラール(Chorale)はもともとルター派教会にて全会衆によって歌われるための賛美歌である。
現代では、これらの賛美歌の典型的な形式や、類似した性格をもつ作品をも含めて呼ぶことが多い 。

賛美歌と言うのは
>キリスト教において、礼拝や集会等で歌われる、神をたたえる歌
です。
だから歌詞は聖書から取られているものが多いわけです。

>コラールの旋律は多くの場合単純で、歌うのが容易である。
これはもともと、専門の合唱団ではなく、教会に集まった人々が歌うものとして考えられていたからである。

・・・だそうです。


その背景には
「音楽は神からの授かりもの」というプロテスタントの考え方があります。
同じキリスト教でも音楽は俗世界のものと言う考えもあるようで、そちらでは宗教音楽と言うのはあまり使われなかったみたいですね。


ただ現在では多くの合唱曲や器楽曲にも「コラール」と名づけられた曲も多いですね。

コラールと言うのは、教会で1つの旋律をみんなで歌うことから始まっています。

この旋律にどのように和音(和声)をつけようが(例 「目覚めよ〜」第7曲)どのように対旋律をつけようが(例 カンタータ147番 「主よ 人の望みよ 〜」での8分音符で動く有名な対旋律)、その曲は「コラール」となるわけです。

器楽曲の場合も同じで、この「コラール旋律」が曲のどこかにあればその曲はコラールになります。

本来は宗教的な意味を持つコラールですが、今では作品のテーマとして単純に使われることも少なくありません。
それっぽく使われていれば、それでコラールの出来上がり・・・て所でしょうか。


時代によってコラールと曲の関係はさまざまですね。
バッハなどは礼拝の時に神の言葉を伝えるためコラールを使い、ブルックナーも音楽と神の結びつきを考えて曲を書いてます。
今のように、特に賛美歌から題材を取っていない曲もあるようです。
こういうことも考えていくと、曲に対してまたちがったアプローチもできるかも知れません。


せっかく演奏するんだったら、少しでも深く、曲とお付き合いしたいですね。


みなさんはどう思いますか?





先日の合奏でバッハの「目覚めよ〜」から第4曲をやって感じたこと。

自分も吹きながらではなかなかわからないことが多いものです。
楽器を置いて聞いてみたらいろんなことが見えてきました。

その中でも特に感じたのが「音が短い」
特に目立つのが4分音符や2分音符の間がすごくあいてしまうこと。
「もっと(音を)塗って」と言ってみますが、なかなか改善されません。
これでは音の方角うんぬんと言う以前の問題。音が切れ切れになってしまうので、曲が前に進んで行かないです。


なんでだろう・・・いろいろ考えてみました。

「あ、そうか・・・」と思ったことがひとつ。
あるサイトでこんなことが書いてありました。

要約するとこんな意味でしょうか(著作権の問題で文章を少し変えてあります)

4分の3拍子で4分音符が3つと、次の小節に付点2分音符という2小節にまたがるフレーズがあると仮定します。
普通の場合、息は2小節6拍のロングトーンで流れています。音符ひとつひとつに流れているのではありません。

息は全音符で流れる、フレーズを1本の息の流れと捉えて、そのなかで音の長さや高さを変える・・・うまく表現できませんが、こんな感じです。

休憩時間に、サックスのY君がこんなことをやってました。
1人がずっと楽器に息を送り続けて、もう一人が指だけ動かす・・・あ、なるほどなぁと。
感覚的にはこれです。さすがですね。

思い出してみると
私の場合は、
楽譜をひとつひとつの音の集合体でとらえてました。スタートもゴールもなくて、目の前の音符だけを吹いているとでもいうのでしょうか。
ひとつひとつの音で吹いているので、前後の音につながりがありません。
そうではなくて、スタートがあってゴールがある。そのなかに音が割り振られていると考えなければならなかったのかもしれませんね。
(なんとなく言ってることはわかってもらえますか?)


合奏中、こんな意見もありました。
「次の音をイメージするがために、今吹いている音から意識が飛んで(抜けて)しまうんじゃないかなぁ」
なるほど・・・と感心しちゃいましたが、それもあるんでしょうね。
今出している音と意識がシンクロ(同調)していないということかな。

むずかしいですね・・・。


考えることも大事ですが、まずは音を出して回数をこなすことからスタートですよね。
その中でいろいろ考えていけば、おのずと質も変わっていくのではないでしょうか。
 
いつものようにスケールから始めました。

E♭ーDurとF−Dur、隣同士の音色を変えないように注意しながらのロングトーン。
合奏全体のピッチはちょっと目をつぶって・・・まずは自分の音をしっかり鳴らすことと、鳴っている音に注意しながら2回ずつやりました。

私も含めて
スケールもロングトーンも普段きちんとやっていないとダメですね。
個人レベルでなかなか時間が取れないのであれば、こうやって全体の時間も使ってでもやっていかないと上達しませんもんね。
まだ、この練習に取り掛かったばかりです。
とにかく吹くということから始めていきましょう。

そして
バッハの「目覚めよ〜」の第7曲、第4曲。
前から気になっていたんだけど、みんな音が短い・・・と言うか、響きと響きの間にすごくスキマがあります。
これも課題ですね。

ちょっと第7曲のコラールに時間をかけすぎたかなぁ、と反省です。

あと初見で出てきたのが「ラデッキー行進曲」
それから久しぶりの「オペラ座の怪人」

なかなかいい具合には吹けないものです





初見の曲については、いきなり楽器で吹かずに少し楽譜を読む時間を作るといいかなぁ。
このほうが練習もスムーズかな、と思ったりします。

楽譜が出ている曲についても、もう少し個人レベルで曲を聞くなり、譜読みをするなりといった作業をしていくと練習の効率が上がるのではないでしょうか。

私も含めてね



参考までに
私が時々お邪魔しているブログで、こんな練習順序?がありました。
興味のある方はどうぞ















パッヘルベルのカノン

この曲、クラシックの入門曲や癒し系で超有名ですね。卒業式のBGMにも使われるそうな。

この曲、ドイツの作曲家 ヨハン・パッヘルベル(1653年9月1日 〜1706年3月3日)が1680年ごろに書いた作品。
もともとは「3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調」と言う曲だそうです。

「カノン」と「ジーグ」(8分の12拍子でテンポの速い部分)の2曲で構成されているのですが、どういうわけか「カノン」ばかりが有名になっちゃいました。
「ジーグ」の方は、今やほとんど見向きもされない状態。なんか、かわいそうと言えばかわいそう。

私たちが取り上げているバッハ。
パッヘルベルはヨハン・セバスティアン・バッハの父、ヨハン・アンブロジウス・バッハと親交があり、バッハの長兄ヨハン・クリストフ・バッハの師でもあったそうです。バッハの音楽にも影響を与えた作曲家でもあるわけです。
意外なところでバッハつながりがあったりするものですね。





で・・・
コレ聞くと思い出すのが、山下 達郎の「クリスマス・イブ」

JR東海のコマーシャルでやってましたね。(・・・て、もう18年の前の話やん・・・)
詩の内容は失恋のお話。
だけど間奏の部分が、遠距離恋愛してるカレと久しぶりに会える・・・そんな喜びや期待に満ちてるオンナの子のトキメキを表しているように聞こえます。

そんなふうに「クリスマス・イブ」を聞くと「カノン」の曲想もなんとなく浮かんできそうなに感じませんか?







【予約商品-5/25発売予定】 バンド・クラシックス・ライブラリー7 「メトセラ2」/ BCL Band...


「ノヴェナ」「バンドのための民話」などなど・・・私みたいなオールドな楽器吹きには懐かしい曲をリリースしてきた、大好評のこのシリーズ。


今度は邦人作品で攻めてきました。
でも、とても親しみやすい曲ばかり。
演奏会で取り上げることもできそうです。


メトセラ2 〜打楽器群と吹奏楽のために/田中賢
吹奏楽のための抒情的「祭」/伊藤康英


メトセラ〜なんて、一時期大流行しましたよね。
「祭」も日本情緒たっぷりです。
ともに打楽器が大活躍します。

それよりも惹かれたのが

吹奏楽のためのインヴェンション第1番/内藤淳一
サンライズ・マーチ/岩河三郎
幻想曲「幼い日の想い出」/藤田玄播


これら70年代とか80年代の課題曲の数々。
いずれも、懐かしい曲ばかり。(自分が若いころにやった曲なんで・・・・)

懐かしいだけではありません。
コンクールの課題曲だけに、演奏効果も練習効果も高い作品ばかり。
2000年代に入った今でも、現在のオリジナル曲にはひけを取りません。
「風紋」のように、立派にオリジナル曲として演奏会に乗せることもできます。

「インヴェンション〜」や「サンライズ〜」、「幼い日〜」は、今までプロの手による録音はなかったもの。(模範演奏は除いて)

貴重な音源になりそうですね。








バッハ:カンタータ第140番 「目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声」



この曲の場合、一つのコラールの歌詞と旋律を元に作曲されています。
これはドイツのプロテスタント音楽の古くからの伝統に基づいた作曲技法。

バッハは、自らはコラールの作曲をしていません。
コラールと言うのは、もともとルター派の教会で礼拝に集まった人が全員で歌う賛美歌。
礼拝に集まった人々の耳になじんだコラールを題材に取り、これをフル活用してカンタータを作曲したのです。


このカンタータ第140番の元になったコラールは、フィリップ・ニコライ(1556〜1608)が書いた名高い「目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声」
マタイによる福音書25章1〜13節にある10人の乙女達の話からその題材が取られているコラールです。

さて、どんなお話かと言うと
キリストを花婿、キリストを信仰する魂を花嫁と例えて話は進みます。

「そこで、天の国は次のようにたとえられる。
10人の乙女がそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。その内の5人は愚かで、5人は賢かった。
愚かな乙女たちはともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。賢い乙女たちは、それぞれのともし火と一緒に、壷に油を入れて持っていた。
ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。
真夜中に「花婿だ。迎えに出なさい」と叫ぶ声がした。

<これが「目覚めよ、と呼ぶ声あり」ですね>

そこで、乙女たちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。愚かな乙女たちは、賢い乙女たちに言った。
「油を分けて下さい。わたしたちのともし火は消えそうです。」
賢い乙女たちは答えた。
「分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。」

愚かな乙女たちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている5人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り戸が閉められた。
その後で、ほかの愚かな乙女たちも来て、
「御主人様、御主人様、開けてください」
と言った。

しかし主人は、「はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない」と答えた。だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」



福音書は、花婿の到着を待つ乙女のたとえを用いて、神の国の到来への備えを説いています。

カンタータはこの福音書をふまえて、真夜中に望楼から呼ばわる物見らの声を先導としてキリスト=花婿が到着し、魂=花嫁との喜ばしい婚姻へ到る情景を描いているものです。

俗っぽく言うと、初恋の人を待っているときのどきどきしたトキメキと、やっと会えた喜び・・・ですかね



なんとなく、どんなお話かわかってもらえましたでしょうか





バッハ:カンタータ第140番 「目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声」




今日は教会カンタータとキリスト教の関係を簡単に説明してみます。

カンタータと言うのは、オーケストラ伴奏のついた声楽曲のひとつ。
キリスト教から題材をとった「教会カンタータ」と、宗教と関係のない題材を扱った「世俗カンタータ」に分けられます。
(「世俗カンタータ」ではC・オルフの「カルミナ・ブラーナ」とか、バッハでは「コーヒー・カンタータ」なんて曲があります)

「教会カンタータ」は、主にプロテスタント教会の礼拝用に書かれた曲です。

なんで礼拝の時に音楽が要るの?て所までさかのぼってみましょうか。
プロテスタント教会の基を作ったのは、マルティン・ルターと言う人です。

この人、「音楽は神からの賜り物」と考えていました。
そのため、この教会カンタータは教会での礼拝のプログラム(進行)に組み込まれています。
礼拝は神(イエス)の言葉を人々に普及させるのが目的で、その一つの手段として音楽も用いられているわけです。

礼拝の時に行われる、聖書の朗読、牧師の説教、これらと教会カンタータの内容は密接に結びついている物です。
「聖書の言葉を牧師が説明し、聖書の物語を音楽で再現する」と言うふうに思えばいいでしょう。

礼拝で朗読される聖書の内容は、その日によって決まっているようです。

このカンタータの場合、演奏される日は教会暦でいうと、三位一体節第27日曜日。
(この曲が発表されたのは1731年11月25日)
この日に朗読されたのは、マタイによる福音書25章・第1〜13節「花嫁を迎える10人の乙女」でした。
福音書はキリストを花婿に、信仰者の魂を花嫁に例えて神の国の到来へ備えていなさい、と説いています。

このカンタータは、合唱やオーケストラを使い、様々な技法を使ってキリスト(花婿)が到着して、魂(花嫁)との喜びあふれる結婚にいたる情景を描きだしたものです。


次回はマタイによる福音書25章・第1〜13節「花嫁を迎える10人の乙女」の予定です。


簡単に説明・・・が、かなり長くなりました。
なんとなくわかってくれたかな・・・?




※楽器編成で書いたヴァイオリーノ・ピッコロ(小ヴァイオリン)は普通のヴァイオリンより短3度高い調弦(b-f-c-g)のものだそうです。



















マーチ 「ブルースカイ」
コンクールの課題曲なんですね。

コンクールなんて、もう何年出ていないやら・・・

課題曲であるなしに関係なくして、この曲好きです。

なんかね・・・すごく晴れやかな気分になるんです。

真っ青な空
小学校の時の運動会
北海道に行ったとき、富良野のラベンダー畑で見上げた空

いろんなことを思い出します。




驚いたことに
もうCDが出てます

こちら市民バンドの横綱、土気シビック。
ユーフォの外囿 祥一郎サンをゲストに11枚目のアルバムを発表です。



小編成用に書かれたこの曲を、どう料理するのか楽しみです。
(大編成のままでやるのか、人数をしぼってやるかも興味があるところ)


もうひとつ
こんなCDもありました
2007 新曲コンサート 埼玉県・楽曲研究会"
埼玉県吹奏楽連盟の指導者が活動の研究をするために開催しているクリニックから、新譜を中心にした演奏部分を紹介するCDだそうです。
「ブルースカイ」の演奏は春日部共栄中学・高等学校。
他にも、埼玉県立伊奈学園中学・総合高等学校、埼玉栄高等学校と言った全国屈指の名門校がコンクールはもとよりコンサートや学校行事などの多方面の視点で選曲した曲を演奏しています。
学校バンドに限らず、一般バンドにも参考になりますね。


楽器を吹けるのも家族のおかげ
母の日のプレゼント・・・ちゃんとあげましたか?
まだの人は今からでも贈りましょうね。




ひとこと添えると、もっと喜ばれますよ










バッハを演奏するようになって、いろいろ探してみました。

こんなCDを見つけました
J.S.バッハ:目覚めよ、と呼ぶ声あり〜バッハ・ソナタ&コラール集
     /ラデク・バボラーク【ホルン】



吹き手のラデク・バボラークはチェコ・フィルやミュンヘン管などの名門オケを経て、今は天下のベルリン・フィルの首席ホルン奏者。

そのバボラクが、バッハの教会カンタータの中からコラールやアリアをホルンで歌うこのアルバム。
楽器を吹く上でのストレスなんて微塵も感じさせない吹きっぷりの彼が、ホルンでどんな「歌」を歌っているんだろう。

聞いてみたい。








母の日のプレゼント・・・・決まりましたか?




まだ間に合いますよ
水曜日の練習、いつものようにスケールから。

この前の演奏会までは、合奏=チューニング→曲でやってました。
例えば
前にいた某市吹は、曲の前に合奏のトレーニング・ブックをやったり、
B♭のスケールと和音をひととおりやってから曲に入るのがお決まりのパターン。
(あれで、その日の曲に合わせた調で練習してればもっとよかったんだろうけど)

だから、ここに入ってきた時は正直、ちょっと面くらった。
でもまぁ・・・慣れてしまえば「そう言うもんかなぁ」で、今まで来たということろでしょうか。

でも、こうやってスケールをやってから曲に入ったほうが吹きやすいと感じるのは私だけ?
みなさん、どうですか?




水曜日はいつものE♭に加えて、B♭とFもやってみました。
大先生が言っていたのは、隣同時の音の音色を変えないこと。
楽器の特性、個人のクセ・・・いろんな要素で鳴りやすい音、鳴りづらい音があるけど、それではダメ。全部が均等に、同じ色で鳴らせるようにしなさい・・・とのことでした。

ホントは
1人で部屋に閉じこもって、じっくり自分の音と向き合えればいいんだけど、なかなかそうもいきません。

合奏全体でのピッチは目をつぶって、一番楽に鳴らせる音量でロングトーンをしてみました。
時々?いい音してましたね。
今はまだまだだけど、地道にやって行けば必ずいい響きが出せますよね。ひたすら回数を重ねていきましょう。


スケールのあとは
バッハの「目覚めよ〜」の2曲。
第4曲は、まだまだ手探り状態のように感じませんか?
もう少し個人レベルでできることをやっておくと、スムーズに曲が流れるかも知れませんね。
第7曲のコラール、前半はけっこういい響き。
でも後半になると、みんな吹きずらそうに聞こえるし、響きも前半とちがって沈んだように聞こえませんか?
あと、フェルマータのあとの譜面上では2分休符、これがきちんと休符になっていないことに今日気がつきました。
この休符、一度みんなで確認したほうがよさそうですね。

最後はマーチ「ブルースカイ」を通して終わり。
バッハもやらなあかんけど、そろそろこっちもかからないとヤバイですね。




少し時間をとって次回の演奏会について話し合いをしました。
プログラムも大筋決まってきました。
演奏するほうも大変、それ以外の準備も大変です。

あらゆる面で、この前よりいい演奏会にしたいですね。











おいしいお酒が飲みたいです




昨日9日の練習の様子は明日アップしますので、何卒ご容赦を・・・

さて

ゲゲゲの鬼太郎、実写版の映画が封切られましたね。
テレビCMで、井上 真央演じる女子高生がウェンツ君の鬼太郎に触れてこんなセリフを言います。

「私、手で触れられる物は信じるから」

何かいいセリフだなぁ・・・なんて、管理人妙に感心してます。





私たちがやってる音楽にも通じることがあるかもしれません。

ともすると練習が追いつかなくて、なかなか「表現」と言うところまで行かなかったりします。

そう言う音楽って、聴いてるお客さんもあまり印象に残らないんじゃないかなぁ。
「よくできました」みたいなものでしょうか。


でもね

私たちが持っている曲のイメージ・・・情景までは表現できなくても、色とか雰囲気とかを伝えることができれば、聴いてるお客さんに印象に残る音楽になるんじゃないかと思ったりするわけです。

そういうイメージとかを話し合いできるところが、ウチの楽団のいいところ。
50人も60人もいる楽団では、こうは行きません。指揮者の一言で終わりです。
せっかくですから、もう少し意見を出し合っていけると、曲に対してまたちがったアプローチができるかもしれませんね。


お客さんの心の琴線に触れることのできる音楽をしたいですね。



バッハバンド・・・はい、バッハばかりやってます。

バッハバンドのコンセプトについて、CDではこう書かれています。

バッハ(1685〜1750)の作品は西洋音楽の源であり、聴き手にとっても吹き手(弾き手)にとっても避けられない存在である(中略)
しかし残念ながら我々の現代管楽器は20世紀に入ってから出発した「遅れてやってきた楽器と言う現実がある。
(中略)
バッハの生み出した彼の心の歌は多くの人に」愛され、あらゆる演奏形態で歌われ続けているのでは?


・・・と言うわけでバッハの心の歌へ戻っていくために結成された
"ゲンダイ管楽器のためのJ.S.BACHセッション"です。

楽器編成としては、バッハの時代には完成されていなかったサックス、クラリネット、ユーフォ、トロンボーン、ホルンなど(弦バスやトランペットが加わる時もあり)
フル編成でも14人程度からなる、管楽アンサンブルです。

「1パート=1プレイヤーのソロイスツ」と主宰の中川氏は語っています。
ウチの楽団と同じコンセプトですね

こちらのサイトも参考になるかと思います。
http://www.pipers.co.jp/nakagawa/tbbcds.htm


1stアルバムでは大先生もアシスタント・コンダクターとして録音に参加しています。
やっぱり実際に参加した人の話を聴くのが一番!
今度レッスンに来た時に、少しお話を聴いてみましょうか。
今年もやりますね。
第13回 浜松国際管楽器アカデミー&フェスティヴァル

シロウトでは「アカデミー」なんか縁がねぇよ・・・なんて思ってませんか?
でもここは、私たちみたいな趣味の楽器吹きにもとてもうれしいところ。


世界の一流講師陣による夢のマスタークラス
すごい宣伝文句・・・

でも、これ宣伝文句だけではありません
講師陣のすごいこと

フルート
工藤重典(パリ・エコールノルマル音楽学校教授)
フィリップ・ピエルロ(フランス国立管弦楽団首席)

クラリネット
クロード・フォーコンプレ(フランス国立リル管弦楽団首席)
ヴェンツェル・フックス(ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団首席)

サクソフォン
ジャン=イヴ・フルモー(セルジー・ポントワーズ国立音楽院教授)
須川展也(東京佼成ウインドオーケストラコンサートマスター)

トランペット
フリッツ・ダムロウ(ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団首席)

ユーフォニアム
外囿 祥一郎(航空自衛隊航空中央音楽隊)

今年は来ませんが、過去には赤坂達三(クラリネット、ソリスト)とかロジャー・ボボ(チューバ、ソリスト)、ルドルフ・ヨーゼル(トロンボーン、元ウィーン・ウィルハーモニー管弦楽団首席 ) なんて超有名プレイヤーも来ていました。

こんな世界でもトップレベルの人に、実際に教えてもらうことができるンです。

ただ、実際教えてもらうとなると敷居が高い。テープ審査もある。料金も高い。
私たちみたいな「シロウト」ではちょっと無理・・・


でも・・・このアカデミーの一番いいところ

聴講コースという手があるんです
大人だったら1日4000円、小〜高校生だったら1日2000円。
この低料金で、世界のトップの音に触れることができます。
もちろん、どの楽器のどの講座をハシゴしてもOK。1日見放題です。

しかも、受講生の問題点を講師が修正していくプロセスを見ていくので、得る物がとても大きい。
私自身、聴講で何回か参加しましたが、とても勉強になります。

もうひとつ、講師陣によるコンサートもあります。
これまた3500円〜2000円で、とてもリーズナブルなお値段・・・て言うか、この値段ではリサイタルなんて聞けないですよね。

ベルリン・フィルの首席であるフックスや須川さんの演奏なんて言ったら、鳥肌ものですよ。



行って見ませんか?

アカデミーの公式サイト 
http://www.yamaha.co.jp/event/academy/index.html

受講・聴講についてはこちら  
http://www.yamaha.co.jp/event/academy/13af/academy/index.html

受講・聴講の申し込み先    
http://www.yamaha.co.jp/event/academy/13af/academy/index-006.html 


泊りがけで行くなら








母の日のプレゼントは決まりましたか?



昔、趣味でいろんな雑誌を切り抜きしてました。

バッハに関わるようになっていろいろと探してみたら、こんな記事がありました。

1997年、バッハバンドの公演の時の記事。
主宰(音楽監督)の中川 良平、クラリネットのビル・ジャクソン、トランペットのクリス・ゲッカー、チューバのフロイド・クーリー(敬称略)の4人が集まっての座談会。

その中で、クラ吹きのビル・ジャクソンがこんなことを言ってます。
・・・・
バッハバンドで素晴らしいことは(中略)皆で聴きあって音符をクリエイトしていくこと。
(中略)
・・・誰かが吹き方を変えると他のメンバーもすぐに気がついて合わせて行く。
繊細なアーティキュレーションについても、皆が聴き合えばもっとうまく行くようになる。

イントネーションも大変だが・・・


深い言葉です。


このメンバー、アメリカでも超一流。
ビル・ジャクソン(CL) コロラド交響楽団首席奏者
               アスペン音楽祭 教授・首席奏者

クリス・ゲッカー(TP) アメリカン ブラス クィンテット 
               アスペン音楽祭 教授・首席奏者
               ジュリアード音楽院でも教鞭をとる

フロイド・クーリー(TUB) サンフランシスコ交響楽団 
                シカゴ響でも活躍した、アメリカを代表するチューバ吹き

中川 良平氏
ファゴット吹きとしてはフィラデルフィア管やサンフランシスコ響で首席を務め、現在もアスペン音楽祭で教授・首席奏者を務めています。
室内楽でもめざましい活躍をしていて、作・編曲作品も多数。また数多くの門下生を輩出してます。


しばらく、東京バッハバンドの公演の話を聞かないのが残念。
中川氏は愛知芸大の教授を務めてるし、このメンバーも入れて名古屋で公演をやらないかなぁ。
バッハ:カンタータ第140番 「目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声」



続いてのお題・・・楽器編成です

合唱が・・・
 独唱 ソプラノ
   テノール
   バス
 4声部合唱  

管楽器
 オーボエ 2部
 オーボエ・ダ・カッチャ
   イングリッシュホルンの原型となった楽器です
   (リンク先のページの真ん中くらいに画像があります)
 ホルン
 (通奏低音としてファゴットが加わります)

弦楽器
 ヴァイオリーノ・ピッコロ
  (小ヴァイオリン、調は普通のヴァイオリンより高い調性=資料が見当たりませんでした)
 ヴァイオリン 2部
 ヴィオラ
 通奏低音(+ファゴット)

この曲、教会での礼拝時に民衆が歌うという性格が強いです
あくまでも、合唱が主役と考えていいでしょう。
そのせいか、オーケストラは伴奏が主で編成もそう大きくなかったようです。






母の日のプレゼント・・・決まりましたか?




バッハ:カンタータ第140番 「目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声」
今日のお題はこの曲の構成について




この曲についてのお話がちょっと中断してましたので再開します。

カンタータと言うのは声楽曲の一つ。一般には、オーケストラ伴奏付きの声楽曲を指します。
語源は、元来は単に「歌われるもの」「歌唱」の意味であり、動詞cantare「歌う」の分詞形である。(ソナタ(伊sonata)「演奏されるもの」と対をなします。)

曲の構成としても1曲のカンタータは単独の楽曲ではなく、複数の楽曲、すなわち、独唱曲(アリア、レチタティーヴォ)、重唱曲、合唱曲から構成されています。

さて

このカンタータ140番の場合、全7曲で構成されています。

この教会カンタータはコラール・カンタータとして作られてます。
コラール・カンタータは一つのコラールの歌詞と旋律をカンタータ作曲の基本としてフル活用するもので、ドイツ・プロテスタント音楽の古い伝統に基づくものです。

元になったコラールはフィリップ・ニコライ(1556〜1608)が書いた名高い<目覚めよ、とわれらに呼ばわる物見らの声>(1599)

曲ではキリストは花婿に、そしてキリスト信仰の者達の魂が花嫁に例えられています。


構成は、第1、4、および7曲に賛美歌の第225番「起きよ、夜は明けぬ」の全3節を用いてます。

第1曲、コラール
「目覚めよ、とわれらに物見らの声が呼びかける」 変ホ長調 3/4拍子
物見の呼び声が夜のしじまを破って響く冒頭の合唱曲は、コラールの第1節を用いて近づく花婿を待ち望む乙女たちの心を歌っています。
第2曲 レチタティーヴォ「来る、来る、花婿がやって来る!」 ハ短調
花婿の到着を知らせるテノールのレチタティーヴォ
第3曲 ソプラノとバスの二重唱
「いつ来ていただけるのですか、私の救いよ」 ハ短調 6/8拍子
ソプラノが花嫁の形を取った信仰者の魂を歌い、バスがイエスの言葉を歌っていきます。

第4曲 コラール
「シオンは物見らの歌うのを聞き」 変ホ長調 4/4拍子
コラールの第2節がテノールで歌われます。
この曲は数多いバッハのカンタータの中でもとても有名な曲。期待に満ちた心をとても生き生きと表現した音楽です。
バッハ自身もお気にいりだったのでしょうか。後にこの曲を自分でオルガン曲に編曲しています。
(シューブラー・コラール集:第一番 BWV645)


第5曲 レチタティーヴォ
「ならば私のところに入りなさい」 変ホ長調 - 変ロ長調 4/4拍子
花婿を迎え入れるバスのレチタティーヴォ
第6曲 二重唱
「私の友は私のもの」変ロ長調 4/4拍子
愛の成就の喜びを歌います。

第7曲コラール
「人と御使いの舌もて栄光が歌われ」変ホ長調 4/4拍子
コラールの第3節が簡単な4声合唱で歌われ、全曲が閉じられます。
この終曲のコラール、第三詩節では、人と天使の舌が共にグローリアと歌い、未だかつて体験した事の無い喜びが表現されています。
バッハの組み合わせたこの和声の響きは、2分音符を単位として進み、各声部の倍音が天地宇宙に広がって行くような壮大な響きの曲です。



私たちが練習しているのは第4曲と第7曲。
コラールの方が終曲の第7曲です。

第4曲はクラシック・ファンでなくても、誰もが一度は聞いたことのある曲かと思います。
バッハはこの曲をオルガンのためにアレンジしました。
250年以上経った今、管楽器でこの曲がどんなサウンドになるか・・・挑戦でもあり、楽しみでもあります。



母の日のプレゼント・・・決まりましたか?





先日、大先生が「これ聴いてごらん」と持ってきたのが
SWINGLE SINGERSの「Jazz Sebastian Bach」と、この東京バッハバンドのCD。

Merry Xmas to Onkel Sebastian !! 〜ゲンダイ管楽器によるJ.S.BACH〜

楽器編成は以下のとおり
木管群 B♭クラ×3、バスクラ、サックス×4(ソプラノ、アルト、    テナー、バリトンが各1)の8人
金管群 トランペット(フリューゲルホルン、コルネット持ち替えあ     り)、ホルン、トロンボーン、ユーフォニウム、チューバ
人数は合計13人。(別のCDでは弦バスが加わって14人)

いわゆるバッハの時代には無かった楽器で編成されていますが、メンバーがブレンドしあって作ったサウンドは、オルガンそのもの。
オルガンといえば「バッハの楽器」ともいえるものです。

13人の管楽器で作っているサウンドが、まるでオルガンのようにブレンドされて聴こえてきます。
これ、生で聴いたら、きっとホールの隅々まで響きがいきわたっているんだろうなぁ、て感じです。
「ブレンドされたサウンド(響き)」というのは、こういう音だと言う見本かも知れません。「管楽器合奏のお手本」みたいな音だと思います。
ふだん、いわゆる「吹奏楽」という音楽しか聴いていない耳にはとても新鮮に聞こえますね。

サウンドだけでなく、「音楽」もとても素晴らしいものです。
私では、その素晴らしさを伝えきることはとてもできません。
まずは実際に聴いて、自分の耳でその素晴らしさを感じてみることをおススメします。

Merry Xmas to Onkel Sebastian !! 〜ゲンダイ管楽器によるJ.S.BACH〜

この東京バッハバンドを主宰している中川 良平氏についてです。
1935年京都市生まれ。上京中学から堀川高校音楽科を経て東京芸大卒。
(兼田 敏氏と同郷、同い年・・・中・高・大学と同じ学校)
もともとはファゴット吹きのこの方、日本フィルを皮切りに渡米してニューヨーク・オペラやサンフランシスコ響の首席を務めてます。
帰国後は東京都響の特別楽団員に就任。
1978年からは米国3大音楽祭でもあるアスペン音楽祭の教授兼首席奏者。

演奏者としてもスゴイ方ですが、ファゴットはもちろん、室内楽の先生としても、実にたくさんの有名プレイヤーに教えていたりします。
私たちの大先生もそのなかの一人。




ふと思ったんですけどね
私、このCDが発売されてすぐに買ったんです。
聴いてはいつもウルウル感動してました。
10年以上経って、そのCDに参加した人とこうやって関わりを持つことができました。

不思議なものです。幸福なことです。
この出会いを大切にしたいと思います。





先週、大先生が来ていろいろとレッスンしてくれました。

それと、今日やまさんが言ってたことが、ほとんど同じ。
「あ、この人ちゃんと理解してるんだなぁ」
感心しました。

このブログを始めたきっかけと言うのは
練習に来れなかった人に、練習内容はもちろん、大先生やインペクが指摘してくれたことを確実に伝えたかったから。

人に物事を伝えるということは
それを聞いた私自身が、きちんとそのことについて理解していなければなりません。

聞いているほうも「あ、この人ちゃんとわかってないな」と言うのを感じ取るから不思議なものです。

わかってるふり、と言うのが一番みっともない。

他人の言っていた言葉をそのまま使うんじゃなく、自分自身の言葉を使って、物事が「見えるように」他人に伝えることができないとダメですね。





今日もひたすらE♭−durのスケール(音階)と、バッハのカンタータ140番「目覚めよ〜」

スケールでは、ちょっと集中力が落ちるとすぐに音色(響き)が変わってしまいます。
こういうところでも、普段どれだけ集中して楽器を吹いていないかがバレバレ


みんなの音を聴きながら思った。

ある人の音は水彩絵の具みたい・・・ちょっと水が多いかなぁ、て感じです。

また、ある人の音はテレビでよくやってる、あのパイ投げ。
パイを思いっきり叩きつけた、そんな感じの音です。
前衛芸術で、油絵の具をキャンバスに思いっきり叩きつける、そんな描き方もありますね。

いつも一緒に吹いていて、いつも聴いている音なんだけど
いろんな音があるもんだなぁ、なんてあらためて思いました。

はて、自分の音は周りの人にどんなふうに聴こえているんだろう。

どうやったら、みんなの音の色が寄り添ってくるのかなぁ。

基本的な奏法の問題、体の中の音階(調性感)の問題、音のイメージの問題等々、解決しなければならないことがいっぱいありそうです。

でも
難しい話はあとでもいいんです。

とにかく楽器を吹いて音を出すことが一番大事

私たちに一番足りないのは、楽器を吹く回数かも知れません


「目覚めよ〜」の第4曲、コラールではない曲。
実際問題、第7曲のコラールはそれなりに回数を吹き込んでるので、そこそこ形はできてはきています。
でも、第4曲はほとんどやってきていません。先週、大先生が来た時もほとんど初見に近い状態。

今日の1回目は「何やこれは?」
でも何回かやっていくうちに、それなりに曲らしくなってきた感じがしてきましたよね。

最後、同じような動きをしている楽器同士で集まって吹いてみました。
何となく曲の姿が見えてきたように感じます。
「まずは同じ音を合わせる」
ああ言うのもありですね。

この曲に関しては、みんなでフルスコアを持つのもいいかも知れません。
コードがどうで、自分は第何音で・・・とか難しい理屈は後にして、
自分と同じ動きをしている楽器をピックアップしてみることから始めてみてはどうでしょう。
音を合わせよう・・・はいいけど、どこが同じ音を吹いてるかがわかれば合わせやすいですよね。

次に自分が今、メロディなのか対旋律なのかリズム?なのかをピックアップしてみる。
そうすれば自然と大事な部分は浮き上がってきて、何を吹いてるかわかんない・・・なんてことにはならないはず。

曲の構成みたいなものがわかってくれば、この曲に対してまたちがったアプローチができるかも知れません。

ジャズのスイングがあてはまってくるかも・・・ね。